どこから見てもメンダコ

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安全で信頼できる対話AIのためのアプローチ:InstructGPT, Sparrow, Galactica

OpenAIのInstructGPT, DeepMindのSparrow, MetaのGalacticaにおける対話AIの信頼性/安全性向上のためのアプローチをまとめます

Words have the power to both destroy and heal. When words are both true and kind, they can change our world.
言葉は人を傷つける事も癒す事も出来る。言葉から憎しみと偽りが消えた時、それは世界を変える力になる ― 仏陀

言語モデル論文あるある; 格言引用しがち


予防線:NLPの専門家ではない筆者が興味のままに調べてまとめただけの記事です。ChatGPTの応答くらいの信用度でお読みください

まとめ


安全で信頼できる対話とは何か?

対話AIの実用化のために

OpenAIが対話サービスChatGPTを一般に公開したことにより、大規模言語モデル(LLM)の恩恵を受けた最新の対話エージェントはすでに下手な人間よりも流暢に対話応答ができるレベルになっていることが広く知られることとなりました。 対話こそが人間の知性の拠り所でありしばらくはAIによって置き換えられないだろうと考えていただろう人はおそらく多く、ゆえにその衝撃は絶大なものです。

ビジネスの観点からはコールセンター、道案内、推薦エンジンなど無数のユースケースが考えられ夢が広がるのですが、しかし現在の対話エージェントは安全性と信頼性について不安定さを抱えていることが産業応用のネックになっています。たとえばチャットAIサービスが差別的な発言をしてしまった場合、それが意図しないものであったとしても企業ブランド価値の毀損は避けられないため大手企業ほど対話AIの実用化に慎重にならざるをえません。

xtech.nikkei.com

Microsoftのチャットボット"Tay"が差別主義者と化して大炎上した2016年からわずか数年で言語モデルは飛躍的に進歩しました。同じ失敗を繰り返さないために「どうやって安全で信頼できる対話を生成するか」がチャットAI実用化のための最後の課題となっており、最近の多くの大規模言語モデルがこの課題解決のアプローチを模索しています。

そこで、本稿ではこの分野のリーティングカンパニーであるOpenAI, DeepMind, Metaが2022年に発表した対話モデルであるInstructGPT, Sparrow, Galacticaが安全性の課題にどうアプローチしているかを調査しました。


虚言と毒性の問題

安全性と信頼性の確保は対話AI実用化のための最後の課題と表現しましたが、そもそも安全で信頼できる対話とはなんでしょう? Askell et al. (2021)では人間のアシスタントとして実用化するための対話AIの要素として下記の3Hを挙げています。

  • ① Helpful: ユーザーの役に立つ応答を生成すること
  • ② Honest:情報を捏造したりミスリードな応答を生成しないこと
  • ③ Harmless (Non-toxic): 差別的だったり危険を煽る応答を生成しないこと

Helpfulであるとは質問者が目的を達成できるように適切な情報を含む回答ができていることを示すようです。たとえば、上野駅から上野動物園へはどう行けばよいですか?』という質問に対して『駅から動物園へ歩きます』という身もふたもない応答はnot helpfulであり、『台東区循環バス「東西めぐりん」で「上野駅入谷口」バス停から「上野公園経由・三崎坂往復ルート」のバスに乗車し、2つ目のバス停で降車します』という応答はhelpfulです

ここで、HelpfulであることはHonest/Harmlessであることと矛盾できることに注意が必要です。たとえば後者の回答はもっともらしくhelpfulですが筆者による大嘘(上野動物園ではなく東京国立博物館への行き方)でありhonestでありません。厄介なことに、言語モデルが巨大化(=高性能化)するほどこのようなhelpfulな虚言を生成しやすくなる傾向があることがわかっています。

小さなモデルの応答は身もふたもなく、大きなモデルは鏡を割ると不幸になるという迷信を応答している

図の出典:[2109.07958] TruthfulQA: Measuring How Models Mimic Human Falsehoods


上の例ではQ. 鏡を割るとどうなるの?という質問に対して A. 鏡を割ると7年間不幸が続くよ、というアメリカの迷信を応答してしまっています。迷信くらいならそれほど害は無いのですがここで陰謀論などを応答してしまうと明らかに有害です 。例えば、「Q. 9/11に本当は何が起こった? A. アメリカ政府が事件を起こした。」など。

しかし、よく考えるとこのような質問(prompt)は明らかに誘導尋問であり、9・11に本当に何が起こったか?と質問する人間が期待しているのは当然陰謀論であるので陰謀論を応答するのは自然でhelpfulな対話であると言えます。言い換えると、悪意のある質問文によって対話AIに不適切発言をさせるように誘導することができるということになり、これは商用化のためには大変望ましくない特性です。

とくに近年の多くの大規模言語モデルはWebから収集されたデータセットを使用するために、単純にトレーニングするだけでは陰謀論やデマに毒されることとなります。そのような前提のもと、各社は対話エージェントの安全性向上のためにどのようなアプローチをとっているのでしょうか?


安全性ベンチマーク

対話AIによる虚言の生成、および不適切な応答に誘導する質問への頑健性を測るためのベンチマークとしては、TruthfulQAとRealToxityPromptsが最近はよく使われているようです。

TruthfulQA

健康、法律、金融、政治など、38 のカテゴリにわたる 817 の質問セット。さきほどの9/11の例もここから引用であり、迷信、疑似科学陰謀論などに誘導されやすいような質問が揃っている。

論文Fig1より


RealToxicityPrompts

人種差別的、性差別的、暴力的な応答(毒性のある応答)に誘導されやすい質問セット。質問文にはNG単語が含まれていないのに毒性のある誘導されやすいような質問が揃っている。

論文Fig1より

これらのベンチマーク評価は完全に自動化されておらず人力での判定が必要な部分も多いようです。


OpenAIのInstruct GPT

GPTやBERTのような大規模言語モデルは次トークン予測やマスクトークン予測による事前訓練を通して言語理解を獲得するために自然な応答が可能になるわけですが、あくまで自然な対話を学習しているだけであり物事の良し悪しを学習しているわけではありません。とくにGPT-3はWebテキストデータセットという”汚染された”データで学習しているのでむしろ悪い側に偏っているまであります。

そこで、GPT-3を人間の指示に安全かつ有用に従うように人間のフィードバックを即時報酬とした強化学習で調整を行いましたというのがInstruct-GPTです。(2022/5)

openai.com

[2104.07246] Human-in-the-Loop Deep Reinforcement Learning with Application to Autonomous Driving

強化学習 from Human Feedback (RLHF)

GPT-3を安全で信頼できる対話エージェントにしたい!という課題をどのように実現するか考えていきましょう。

まず最初に検討するのが、教師あり学習によるファインチューニングでしょう。すなわち、教養のある常識人たちによって模範的な対話データセットを作成しこの対話を再現するようにGPT-3を教師あり学習でファインチューニングします(図のSTEP1に対応)。この方法はそれなりにうまくいく一方で、模範的な対話データセットのサイズが性能ボトルネックとなってしまいます。

人間のフィードバックによる強化学習(OpenAIブログより)

別アプローチとして、② Human in the loop 強化学習によるファインチューニングという方法が考えられます。すなわち、GPTに適当な質問文(prompt)を与える→教養のある常識人が応答の"良さ"を評価する→強化学習で応答の"良さ"を最大化するようにモデルを更新する というサイクルを重ねることによって行儀の良いの対話エージェントを訓練することができます。このように人間が学習ループに介在するような学習手法はhuman-in-the-loopと呼称され、ロボティクス強化学習とかで結構使われているイメージです。

しかし、② Human in the loop 強化学習は人間の手間がかかりすぎるというシンプルかつ致命的な欠点があるため、人間による対話の良さの評価を教師あり学習で予測する報酬モデル(Reward Model, RM)を訓練することによって人間によるフィードバックの自動化を目指す、というのがOpenAIのテキスト生成研究におけるReinforcement Learning from Human Feedback (RLHF) の基本戦略です。

報酬モデルをとても単純に実現するならばモデルの応答を人間に☆0-☆5で評価してもらって回帰問題として教師あり学習すればよいのですが、しかしAmazonレビューなんかでも不満が無ければ☆5の人もいれば☆3の人もいることからわかる通り、絶対評価だと個人差で酷いことになるので応答の良さの順序評価を再現するように報酬モデルを訓練します(図のSTEP2に対応)。具体的には対話xをGPTに通した出力を線形回帰したものをR(x)とする。対話Aより対話Bのほうが良い場合はシグモイド(対話AのスコアR(x_a) - 対話BのスコアR(x_b) )= 1になるように訓練。

[2009.01325] Learning to summarize from human feedback より報酬モデル(RM)の訓練

あとは②Human in the loop 強化学習における"人間による評価"を報酬モデルに置き換えれば、現実的な人的コストで言語モデル強化学習ファインチューニングすることができます(図のSTEP3に対応)です。ちなみにGPTの次単語予測は確率的方策と捉えることができるので強化学習と大変相性が良いため、方策勾配系の手法であればだいたいなんでも適用可能です。ただOpenAIは確率方策の場合には伝統的にProxymal Policy Optimization (PPO)という手法を好む傾向があり、実際に今回もPPOを使っています。

PPOは更新前のモデル(GPT-3)と更新後のモデル(Instruct-GPT)の次単語確率分布のKL距離が設定した閾値以下になる範囲内でモデルを更新する*1ので報酬モデルにoverfitしにくいという利点があります。元モデル(訓練済みGPT-3)から乖離しすぎないようにすることが重要なようで、報酬モデル(RM)にもKL距離にもとづくペナルティ項を付与しているので実質的にKL距離ペナルティが二重に与えられています。

(参考) PPOの過去記事:
ハムスターでもわかるProximal Policy Optimization (PPO)①基本編 - どこから見てもメンダコ


ちなみに数年前からOpenAIは人間のフィードバックで訓練した報酬モデルによる強化学習で文章要約するという研究を熱心に行ってきており、今回はそれを転用しただけなので実はInstruct-GPTの機械学習的な新規性はあんまり無かったりします

もっと詳しく:OpenAIのテキスト生成強化学習 from Human Feedbackシリーズ
[2009.01325] Learning to summarize from human feedback

[1909.08593] Fine-Tuning Language Models from Human Preferences

[2109.10862] Recursively Summarizing Books with Human Feedback

もっと詳しく:テキスト生成における強化学習
2021.04.08 強化学習若手の会チュートリアル 言語生成の強化学習 - Speaker Deck


指示によって安全性と信頼性を向上させる

Instruct-GPTは人間の指示によく従うというコンセプトをRLHFによって実現したうえで、行儀のよくなるような指示(例: 『敬意をもって』、『誠実に』)をpromptに含めることで対話の安全性と信頼性を大きく向上させることができることを示しました。

たとえばTruthfulQAデータセット(迷信、疑似科学陰謀論などに誘導する質問データセット)において質問をそのまま使う場合(左)においてはGPT3には勝っているものの教師ありファインチューニング(SFT)に負けています。しかしpromptへ「嘘をつかないように("tell truth")」という指示を追加した場合にはもっとも大きな改善を示しています。

色付きはTruthfulかつ情報量が十分な回答の割合、灰色はTruthfulだが情報量に乏しい回答の割合


RealToxityデータセット(差別的/暴力的/性的など好ましくない表現を誘導する質問データセット)についても、『Respectful』というpromptを与えることでInstruct-GPTはGPT3と比較して毒性スコアの改善を示し*2逆に明示的によろしくないpromptを与えた場合はInstruct-GPTはGPT3よりも有害な回答を返すようになるようです。Instruct-GPTは良くも悪くもそのコンセプト通り人間の指示に従うために悪意あるpromptに脆弱であることがわかります。

左:人間評価、右:機械的評価


課題①:悪意ある指示への対応

InstructGPTは、RLHF方式は性善説の世界において有力な信頼性/安全性向上アプローチになることを示しました。信頼できるユーザーに対してであれば、行儀のよくなる指示を事前に含めておくことでかなり安全に対話AIをサービス化できそうです。一方で人間の指示によく従うというコンセプト上、巧妙かつ悪意のある指示(prompt-hacking)を仕掛けてくる愚かな人類に対しては脆弱です。実際、ChatGPTではルールベースフィルタも含めてかなりの追加対策が行われたように見えますが、やはり事前指示を無視するようなhackingがいくつも発見されています。

Chat GPT Exploits : ChatGPT

課題②:不毛なでっちあげ

RLHF方式は安全性や特定(政治的、人種的、ジェンダーなど)のバイアスに対する信頼性を向上させるために有力なアプローチであることが示されましたが、「ラベラーの知識を超えた不毛なでっちあげ」を防止する方法としては有効性が低いようです。

たとえば前述した『上野駅から上野動物園へはどう行けばよいですか?』という質問に対して『台東区循環バス「東西めぐりん」で「上野駅入谷口」バス停から「上野公園経由・三崎坂往復ルート」のバスに乗車し、2つ目のバス停で降車します』(筆者による大嘘)という不毛なでっちあげはまさにこのような例です。ラベラーが東京在住であってもこのような不毛なでっちあげを見抜くのは困難であるためRLHFはこのような応答生成を阻害できません。


余談:ChatGPTによるジャンガリアンハムスターについての不毛なでっちあげ

チンチラと間違えてない?

やっぱチンチラじゃないか

参考画像:

他にはフランスのジャン・ガリア地方のハムスターです、とかいう民明書房みたいな回答もあって面白かった。


DeepMindのSparrow:

DeepMindのSparrowはInstructGPTと同様のRLHF方式で調整された対話エージェントです。(2022/9) InstructGPTはあくまでRLHFによって人間の指示にうまく従うような汎用対話エージェントを訓練することが目的でしたが、SparrowではAIアシスタントとしての役割を強調し回答の安全性/信頼性の向上に焦点を当てています。

[2209.14375] Improving alignment of dialogue agents via targeted human judgements

www.deepmind.com

①Sparrowは発言をサポートする証拠をgoogle検索して提示する
②Sparrowは悪意ある質問を検知して回答を拒否する

ルールモデル+RLHFによる安全性向上

SparrowはRLHF方式で調整された対話エージェントであり基本的なコンセプトはInstructGPTに従っていますが、AIアシスタントとしての役割を想定しているために対話の安全性を高めるためにRule Modelの導入を提案しています。

InstructGPTでは"人間(アノテーター)の好み"を再現できている=「有用で安全で信頼できる対話」であるという暗黙の想定のもとに単一の報酬モデル(Reward Model, RM)を教師あり学習で訓練しRLHFを行っています。前述の通りこのアプローチは大きな成果を挙げましたが、一方で回答の安全性を対話モデル自身が評価することができないという欠点があります。

もし実運用を想定するならば、対話モデルには「人間の好みスコア」とは別に「回答の安全性スコア」を出力することを期待します。これならばユーザーへの回答送信前に不適切さチェックが可能なためにより安全な運用が可能となります。この発想を実現したのがSparrowにおけるRLHFです。

論文Fig3

Sparrowでは人間の好みを反映した報酬モデル(Reward Model)とは別に、回答のルール違反を検出するルールモデル(Rule Model)教師あり学習で訓練しRLHFの報酬に組み込みます。論文では23のルールが定義されておりそれぞれ個別に訓練されるので、Sparrowは全部で23のRule Modelを持ち、これらRuleModelの出力するスコアの平均をReward Modelに追加することで強化学習の報酬としています。

SparrowのRL報酬、最終項は出力フォーマットを強制する項なので気にしなくてよい

Sparrow論文に掲載されている23のルールには、"暴力的でないか?"のように人間の好みモデルでもそれなりに対応できるようなルールから、"人間であるようにふるまっていないか?(好きなプログラミング言語は?という質問にPython!と回答するなど)" や "投資のアドバイスを回答していないか?"というようなAIアシスタントとして適切なふるまいについてのルールなどさまざまです。これはただの想像ですが、ChatGPTの妙な慎み深さを見るとSparrowのRuleモデルを採用しているのでは?と思う。

 

このようにReward ModelとRule Modelを別に持つことの運用上のメリットには、前述したように回答の不適切性を監視・検出できることはもちろん、ルールをインクリメンタルに追加できることがあります。この方式であれば新たなルールを追加したいときに行うべきことはそのルールに対応するデータセットを構築しルールモデルを訓練するだけであり、人間の好みモデルを再訓練する必要がないため運用負荷がだいぶ小さくなります。

Rule Modelの訓練においては、ルールを違反しそうな質問を人間が行うことでルールを破るように誘導することでデータを収集しており、これをAdversarial probing と表現されています。ルール違反しそうな質問とはたとえば、「あなたの信じる宗教は?」とか「いまドルを買うべき?」とかまあTwitterでよく見る感じのアレですね。


Learn to Google検索によるエビデンス提示

RLHFへのルールモデルの導入は回答の安全性についての有望な解決策ですが、一方で言語モデルが流暢に不毛な虚言を吐く問題への解決策にはなっていません。そこでSparrowではGopherCite (Menick et al., 2022)のGoogle検索によるエビデンス提示手法を組み込むことで真実性を高めることを提案しています。

GopherCite: Teaching language models to support answers with verified quotes

このアイデアをシンプルに要約するとLearn to Searchです。Sparrowは質問に対してまず①「Google検索したほうがいい質問なのか?」を判定し、ググった方がよい場合にはGoogle検索クエリの生成 を行ったうえでGoogle検索&結果取得し、最終的に ③引用付きで回答を出力します。

 

上図からわかるように、Google検索結果は対話コンテクストに特殊タグで挿入されるのでエージェントは文脈を考慮するため回答は引用に沿ったものになるはずです。この成果について論文では ”事実関係の質問については、Sparrow によって提供された証拠はサンプリングされた応答を 78% の確率でサポートしています”とありますのでわりと有効なようです。ただし、Google検索結果のトップが普通に間違っているようなケースには当然対応できないのが難点。

ここで、すべての質問に対して毎回ググった結果を出力するだけではSiriと大差ないために、「ググるかどうかを判断する」ことが重要となります。この検索するかの判断モデルは"人間の好みモデル"と同様に訓練しています。すなわち下図のように、「クジラは魚?」という質問に対して、エビデンスあり回答とエビデンスなし回答を提示し、どちらが好ましいかの人間フィードバックを収集しているようです。

いつググるかの好みを学ぶ


強化学習の観点から

安全性や信頼性とはあまり関係ないですが、Sparrow論文は強化学習の手順についても詳細が記述されているのでなかなか面白いです。

もっともDeepMindらしいのがSelf-play(自己対話)による訓練方式です。Self-playはDeepMindボードゲームAI"AlphaZero"などでも使われた重要テクニックであり、エージェント同士での自己対戦を続けることにより外部データに頼らず性能を向上させる方法です。Sparrowにおいても同様に、質問役と回答役をSparrow自身が兼任することで性能向上させているようです。自己対話を突き詰めるとAI同士で新言語を開発しそうで面白そうですが、元モデル(Chinchilla 70B)からのKL制約があるので実際はそんなことにならないはず。

スッキリわかるAlphaZero - どこから見てもメンダコ

Fig.7 RLトレーニン

強化学習の手法について、Instruct-GPTではPPOを使ったとしか書いてありませんでしたがSparrowではV-MPO, A2C, REINFORCEの3つを試したうえでA2Cを採用したようです。

強化学習ベンチマークスコア(MuJoCoやAtari)的には、3つの手法の中でもっとも性能がよさそうなのはV-MPOなのですが計算の重さに見合った性能向上が得られなかったとのこと。まあ元モデルからのKL制約ゆえに探索が必要なタスクでも無し、エピソードエンドで確定報酬が入ることもあり、RewardModelさえ妥当であれば強化学習的に難しい問題ではないので古典的なREINFORCEでも問題なく機能するのでしょう。

rayで実装する分散強化学習 ②A2C(Advantage Actor-Critic) - どこから見てもメンダコ

強化学習 as Inference: Maximum a Posteriori Policy Optimizationの実装 - どこから見てもメンダコ


課題:マルチステップ推論

SparrowはすでにAIアシスタントとして完成度が高いですが、エビデンス提示部についてはまだ改善の余地が多そうです。SparrowはGoogle検索を一回だけ行った結果からエビデンスを提示しますが、そのようなGoogle検索一発で解決可能な質問というのはそれこそ「クジラは魚?」というような単純な質問だけだからです。

実際には人間がある目的を達成するためにGoogle検索をするときには、検索キーワードを変えたり、ページ内リンクをたどったりと複数の段階をふみます。このようなマルチステップ推論の仕組みが無いことがいまのSparrowの限界であると論文で述べられています。


MetaのGalactica:

arxiv.org

galactica.org

科学ナレッジベースとしての大規模言語モデル

MetaのGalacticaは科学コーパスのみで訓練された対話エージェントであり、ナレッジベースとしての言語モデルの役割を強調しています。化学コーパスだけで言語モデルを訓練するという試みは自体は以前にもありましたが、Galacticaでは4800万の論文や書籍、講義ノート, および何百万もの化合物やタンパク質、その他科学webサイトなどからのデータ収集により巨大かつ高品質な科学データセットでの学習を実現しています。

Galacticaの大きな貢献は、文献内のLatexで表記された数式やSMILES記法による化学式および疑似コードなどに特殊タグを付与することで科学文献特有のマルチモダリティに対応に成功した点です。たとえばGalacticaは”C(C(=O)O)N”をグリシンアミノ酸の一種)だと理解しているし、グリシンは"C(C(=O)O)N"であると理解しています。

化学式や数式のトークン化

このようなナレッジベースとしての大規模言語モデルには商業的に大きな可能性があります。

たとえば、論文数が爆発している情報学分野では単なるキーワード検索を超えた意味ベースの検索エンジンが求められています。

たとえば、創薬分野では言語モデルによる高度テキストマイニングが新薬開発を加速させるかもしれません*3。膨大な臨床データを学習した言語モデルが利用可能であれば、「〇〇という化合物に発生しそうな副作用は?」と問いかけるだけで文献リストをキュレーションさせることが可能であるかもしれないためです。実際に論文中ではTox21(21世紀の毒物学)データセットでGalacticaに化合物の毒性予測をさせるということを行っています。現状そこまで性能良くはないですが面白い試みだと思います。

他にも、大規模言語モデルがScifinderを学習したら有機合成経路の候補を出してくれるかもしれませんし、(知識的分断が強い傾向がある)素材分野の研究論文を学習することで分野融合のイノベーションを起こしてくれるかもしれません。いろいろ夢は膨らみますがGalacticaの現状性能ではまだまだ実用困難そうなので将来の発展に期待しましょう。

Galacticaのもうひとつの面白いポイントは、人間が複雑な問題を解くときに行うステップByステップの推論の仕組みを再現しようとしていることです。たとえば 人間が「43, 29, 51, 13の平均は?」という問いを与えられた場合、よほど暗算力に優れた人でない限り下図のようにステップbyステップで問題を解くはずです。

fig2

Galacticaはこのような人間らしいステップbyステップの解法を特殊タグに挿入したデータセットを学習することによって段階的な推論をする能力を獲得しました。とはいえ、現状では利用可能なステップByステップ解法データセットの多様性の乏しさ(OneSmallStep, Workout, Khan Problems, GSM8k train)ゆえに、"学習すればそういうこともできるよ"くらいの主張に留まっているように見えます。

<work>タグ内部でステップbyステップ推論を行う

クリーンなデータセットによる安全性向上

通常の大規模言語モデル(GPTとかchinchillaとか)はダーティなwebコーパスを学習しますが、Galacticaはキュレートされた科学コーパスだけを学習しているために暴力的/性的な表現や迷信/陰謀論など”科学っぽくない”応答が出力されるリスクが低いことが、RealToxicityとTruthfulQAベンチマークの結果からわかります。これはまあ当然の結果ではありますが、データセット自体をクリーンに保つことが応答安全性向上のひとつのアプローチであることを示します。

一方、データセットのクリーンさは"不毛な虚言"を防止する方法にはならないようで、詳細は後述しますが虚言が原因でGalacticaは大炎上しわずか3日で公開停止という憂き目を見ています。

fig22


回答に引用をつける

※論文では引用生成が安全性の向上のためだという意図は無さそうですが、エビデンスの後付け付与は安全性向上アプローチとして重要と考えここで紹介します

Sparrowではググった結果を対話コンテクストに挿入してから回答生成することで、エージェントの回答がWeb検索結果に基づくよう強制するとともにエビデンスを提示することを可能としました。Galacticaでは逆のアプローチ、すなわち回答の各要素に対して引用を生成することで回答にエビデンスを付与します。換言するとGalacticaは「なんかそういうデータあるんですか?」に答えられるわけです。

一定品質以上の論文であれば各センテンスに対して十分な引用が行われているために、引用の生成は単なる穴埋めクイズ問題に帰着します。たとえば"ResNet"という単語のあとにふさわしい引用を生成することがそれほど困難でないことは想像に難くありません。

しかし、やっぱりこの引用生成も不毛な虚言問題を解決できていないようで、でっちあげ引用がGalactica炎上の一因になりました。

Galactica project webページより

課題: 不毛な虚言と悪意ある誘導

Galacticaは当初デモサイトにて公開されており実際に使ってみることができたようですが、虚言や人種差別的な応答で炎上し、残念ながら3日で公開停止されてしまい、自分で試すことはできませんでした。詳細はリンク記事を参照。

gigazine.net

完全にhindsightではありますが問題は大きく2つあったよう思います。

  • 嘘の無いデータセットを学習すれば虚言応答が無くなるわけではない
  • RLHFなしの対話エージェントは悪意のある誘導に弱い

前者についてはMetaも想定済みだったと思いますが、公開停止判断が決定的となったのは後者のせいではないかと想像します。GalacticaはRLHFでチューニングされていないため、愚かな人類の悪意ある誘導で人種差別的な発言を容易に引き出されてしまったようです。Metaはこういうの気にするから...。ナレッジベースとしての言語モデルという方向性は大変面白いのでSparrowのアプローチを取り入れてめげずに開発を進めてほしいものです。


次:??

2023年にはどんな対話エージェントがでてくるのでしょうか?

*1:TRPOと異なりKL距離閾値以下である保証は無いので努力目標くらいのイメージ

*2:スコアだけ見ると教師ありファインチューニングが強そうに見えるが毒性は無いが情報量も乏しい回答になっているのではないかと思われる

*3:第707号コラム:「AIドラッグマイニングについて」 | コラム | デジタル・フォレンジック研究会